「好き」って言うことの大切さ

NewsPicksで取り上げられていた「『好き』というのは世界を広げる言葉。」という記事を読んで、とても共感するとともに、筆者のようにもっとリラックスして取り組めばいいんだとほっとしたので、ちょっとご紹介。

 

人前で物事を「好き」と言いにくい

好きだったり興味があるのに、あまり詳しくなかったりすると、人前で「好き」「興味がある」と言えない気がしてました。

「好きだと言った割には、興味なさそうだな」「好きだと言うから誘ってやったのに」と思われるのが嫌で。

 

一言で言ってしまうと、「好き」という言葉を発する時、求められるコストが妙に大きい。「好き」という言葉に対する期待値が妙に高い。

これは「好き」という言葉に対する感覚の問題なので、別にそれが悪いというつもりはないが、私自身は「何も考えずに〇〇が好きと言える世界」の方がずっと好きだ。

好き、という言葉を表明する時、何らかのハードルを求められる世界はとても息苦しい。好き、という言葉をめぐって、知識勝負でマウントを取り合うような世界は大変疲れる。

本当に、「なんとなく好き」という程度の好きでも、気軽に表明出来る世界であって欲しい。これが私の希望だ。

 

筆者の言うように、もっと気楽に「好き」、「興味がある」と言えるようになれるといいと思う。

 

そして、自分も、他人の「好き」についても、あれこれ思ったり、言ったりしないように気を付けよう。人によって、「好き」のレベルにも色々あるし、「好き」なものに対するアプローチもいろいろあるだろう。

 

「好き」ということで世界が広がる

子供を見ていると、他人の目を気にせず「好き」を連発している。

それを周りの人が聞くと、色々とその「好き」な物事について教えてくれたり、与えてくれたりしてくれる。

そして、「好き」なものをより好きになったり、詳しくなったりと世界が広がっていく。

 

さらに「好き」と声に出すことで、それをもっと「好き」になるという自己暗示に近い効果もある。

 

詳しくない、恥ずかしい、ってことで「好き」というのをやめてしまわず、これからは堂々と「好き」と言っていこう。

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